モルドバワインについて
葡萄園とワイン産業は、モルドバ国民の誇りです。モルドバで最初に葡萄の木について古代書物で記されたのは、紀元前7,000年頃、ワイン造りの伝統は紀元前3,000年頃までに遡ります。ワインは古代から神聖な飲み物とされていて、ワインにまつわるものは何でも神秘と魔力を秘めていると考えられていました。まるで母と子のように、モルドバ人とワインは時代を越えて分かちがたい関係にあるとも言えます。モルドバでは現在も、殆どの村や家庭でワインを作っています。モルドバ人の家に立ち寄る機会があったら、家の主が自慢の自家製ワインを一杯差し出してくれるでしょう。
モルドバは旧ソビエト連邦のなかで最大のワイン生産国のひとつでした。旧ソ連で消費されたワイン全体の3分の1近くが、モルドバで作られたものでした。葡萄栽培は独立後の現在も農業の大部分を占め、最も生産性が高く成功している分野です。1991年の独立以来、この産業はモルドバの国民経済と共に多くの浮き沈みを経験しましたが、結果として、現在のモルドバの経済全体で1番光の当たる分野となっています。
モルドバの葡萄栽培地域は主に中部と南部に広がっていて、フランスのボルドーやブルゴーニュと同じ北緯45度に位置しています。気候の特徴は、冬が比較的温暖で植物の生育期間が長いところにあります。黒海盆地から雨がもたらされる一方、日照時間も豊富で、秋が長く空気が乾燥していることから、葡萄に糖分がよく蓄積されます。
また、モルドバはワインと葡萄の分野において、今も常に世界のトップ10にランクされる生産国です。現在のモルドバは、国の面積(33,846k㎡)に対して非常に密度の高い葡萄畑(合計で14万7千ヘクタール*1)を持っています。Codru、Stefan Voda、Valul lui Traian、Divinの4つの区切られた地域によるワイン製生産を行い、それぞれの特徴を持ったワイン作りがなされています。地元のテロワールに適応した葡萄は、その土地をよく知る地元の人たちによって、情熱と愛情を持って育てられ、丁寧に手作業で収穫されています。
Moldova Wine Shopでは、モルドバの地元品種と国際品種から作られた様々なワインを取り揃えています。注目されている地元品種は、ララ・ニャグラ、フェテャスカ・ニャグラ、フェテャスカ・アルバ、フェテャアスカ・レガーラですが、国際品種の葡萄で作られたワインにもモルドバ独特のテロワールとスタイルがあり、他には無い個性と発見があります。
*1 2020年時点 (参考:Wine of Moldova)
Moldova Wine Shop は、
幸運の伝説とともにモルドバワインが多くの人に運ばれていく願いを込めて、
このシンボルを受け継いでいます。
白いコウノトリの伝説
殆どのモルドバワインのエチケットや後ろのラベルについているこのマーク、見つけたことはあるでしょうか?
これはモルドバ原産の葡萄由来のお酒を意味するシンボルマークで、古くからモルドバ人のアイデンティに繋がっている「白いコウノトリの伝説」を表しています。その歴史は中世に遡ります。
モルドバワインを国外に広めた第一人者でもあるシュテファン大王の治世だった15世紀、タタール人の巨大な軍隊が、モルドバ北部にあるソロカ要塞を数ヶ月間包囲したと言われています。
要塞の中の兵士たちは助けを待つ間、食料と水が尽きて力と希望を失っていました。すると突然、要塞の上に白いコウノトリの群れが現れ、くちばしにブドウの房をくわえて運び、要塞の中に落として行きました。このコウノトリの助けにより、兵士は力を取り戻し、シュテファン大王が率いる軍隊が助けに来るまで士気を高めることができたと言われています。
この出来事によって、以来コウノトリはモルドバ人にとっての団結の象徴となりました。「幸運をもたらした伝説とともに、モルドバワインの名声が国境をはるかに超えて運ばれて行く」という願いも、このシンボルには込められています。現在でも、モルドバでは毎年春になると皆でコウノトリの飛来を歓迎します。鳥たちは人々の家の近くに巣を作り、子育てを終えた秋頃に南へ旅立ちます。その姿を皆で見送る習慣があります。